ガラスの棺 第29話 |
ブリタニアからの通信内容に我が耳を疑った。 あり得ない。 あってはいけない。 今のは聞き間違いだと誰もが思った。 だが、ナナリーは勝者の笑みを浮かべ宣言したのだ。 リミッターを外したフレイヤを撃ちこむと。 先ほども使用されたあの悪魔の兵器を使用すると。 その兵器がどれほどの惨劇を招いたかは誰もが知っている。だかからこそ、今すぐ存在そのものを抹消すべきだという意見が多かったが、一度生み出された兵器は再び生み出される事は誰もが知っていた。だから完全に消滅させるには、フレイヤを無効化させる防衛システムの構築が必要だという結論に達した。そこで名乗り出たのは日本、中華連邦、ブリタニアの三国であったが、ブリタニアはフレイヤを生み出し使用した贖罪のため、必ずこの悪魔の兵器を無効化させると宣言し、それをゼロが承諾した。ブリタニアはフレイヤの生みの親だけではなく、たった1発ではあるがフレイヤを無力化させた実績を持つ者がいたため、彼らを中心に研究は進められていた。 ブリタニアが所持していたフレイヤは、その研究のためのもの。 フレイヤを使用するためではない、使用しないために所有が許されたものだった。 それなのに、それさえも忘れたのか、この目の前の人物は笑いながらこの悪魔の兵器を再び使用すると宣言したのだ。 何て愚かなとカグヤは首を振った。 『フレイヤの使用は禁止されている事を忘れたか!』 カグヤの怒声など怖くもないと、傲慢な笑顔を浮かべたナナリーは、ルルーシュには絶対に見せられないほど醜悪なものだった。他者を見下し、力で抑えようとするその姿は・・・まさにブリタニア皇族の姿そのもの。 『そちらこそお忘れではありませんか?それは超合衆国内での決まりごと。すでに属していない我が国にはもう適用されません。それにこれは、戦争のために使うのではなく、戦争を終わらせるために使うのです』 『同じ事ですわ!』 使う事に変わりはない。 強者である自分達が勝つために、凶悪な兵器を撃ちこむと脅し戦争を終わらせる。それはナナリーにとっては正義でも、他者から見れば悪でしかない。それを理解しようとしないのか、理解できないのか、自分が善だと疑わないナナリーは、愚か者を見下すような視線をカグヤに向けた。 『いえ、全然違います。これは正義の、平和のために使われる力なのですから。それに貴方たちはお兄さまの遺体を強奪した罪人。私利私欲のために、このような愚かな戦争を始めた大罪人です。断罪の光で裁かれるのは当然ではありませんか』 『何を馬鹿な事を!』 『馬鹿は貴方です!』 罵り合う言葉はプライベートではなくオープンチャンネルで行われていた。つまりアクセスできる回線で行われている為、黒の騎士団、そしてブリタニア軍のパイロットたちは動揺しその動きを止めた。ゼロの騎士たちも動きを止め、カレンの呼びかけに従いアヴァロン周辺へ集結していった。彼らの中に敵が混ざっている可能性はあるが、今あの場所に彼らを置くのは危険すぎた。呼び寄せたのは少なくともフレイヤの範囲にアヴァロンは入らないはずだという理由からだ。 カレンの独断にゼロもシュナイゼルも何も言わずに、二人の女帝の罵り合いを聞いていた。聞いているのは彼らだけではなく、報道でも大きく取り上げていた。彼女たちは頭に血が昇り、絶対に口にしてはいけない事を口にしている。それはミレイが命をかけてでも知りたかった情報。そう、今ここで繰り広げられているこの真実を、彼女は世界に伝えたくて戦場に来たのだ。 『ゼロを裏切り暗殺しようとした人が、よく正義などといえますね』 『自国にフレイヤを撃ち、億を超える無辜の民を殺害した謀反人が偉そうに!』 『超合集国の議長でありながら、ゼロと引き換えに日本を返すようブリタニアと取引したのはどなたでしたか?あなたには正義などありません!』 『ダモクレスとフレイヤを使い、世界を恐怖で支配しようとした過去を忘れたか!』 彼女たちの言葉は、間違いはあれど歴史の真実だった。 誰が画策したのか走らないが、全ての罪はルルーシュが行った事だとされ、ペンドラゴンに落とされたフレイヤでさえルルーシュの罪となっていた。 まだたった5年だと言うのに、人々の記憶は大きく歪められていたのだ。 フレイヤを撃ったのは99代皇帝を名乗ったナナリー。 そしてカグヤ達は当時そのナナリーに賛同し、ルルーシュと敵対した。 それが真実のはずなのに、いつの間にか歪められ、すべてのフレイヤはルルーシュが使用し、それを阻止するためダモクレス、そして黒の騎士団が戦ったという構図にすり替えられていた。 何故この短期間で歴史が歪んでしまったのだろう。 何故この短期間で忘れてしまったのだろう。 誰がどんな目的で何を作り替えたのだろうか。 罵り合いを続ける皇カグヤとナナリー・ヴィ・ブリタニアが自分たちの罪を消すために情報操作をしたのだろうか? だが、こんな馬鹿な争いをする者たちに、それだけの知恵が回るとは思えない。これを行った者は知略に長けたものだ。ではその者は何を目的とし、真実を歪めたのだろうか。全ての罪を悪逆皇帝に擦り付ける事で、何をするつもりだったのだろうか。 今、テレビ局では、何度連絡を取ろうと試みても、未だミレイから反応が返ってこないため、ミレイがアヴァロンに乗り込む前に撮ったあの映像が再び流されていた。 --皆さん、考えてください。ゼロは英雄と呼ばれる以前から奇跡の体現と呼ばれています。では、初代から二代目に変わることによりこの世界に起きた奇跡とは何だったのでしょうか。全ての答えはそこにあります-- 再び投げかけられた疑問に、多くの者は困惑した。 その言葉の意味は何だったのだろうか。 二代目が現れたのは、悪逆皇帝を討ったあの日のパレード。 そこで起きた奇跡とは何だったのだろうか。 皆が知る悪逆皇帝とは、情報操作により生まれた可能性がある。 では、ルルーシュ皇帝とはどのような人物で、彼は何を行ったのだろうか。 世界は、ルルーシュ皇帝が現れてから消えるまでにどう変わったのだろうか。 黒の騎士団がゼロを裏切ったのなら、初代ゼロはいつ死んだのだろうか。 いつ、枢木スザクはゼロを受け継いだのだろうか。 疑問は湧水のように次々と溢れだし、様々な考察が飛び交った。 そうして人々が真実に近づいた時、最悪の言葉が発せられた。 『これ以上の話し合いは無駄ですね。ならば、再び断罪の光を落としましょう』 『愚か者め!フレイアを所持しているのがブリタニアだけだと?』 アンチシステムの開発はブリタニアが主導しているが、黒の騎士団のラクシャータの研究チームも秘密裏に研究を進めていた。 理由は簡単だ。 ブリタニアは信用できない。 そう、フレイヤはブリタニアだけではなく、超合衆国の本部がある蓬莱島にも存在しているのだ。こちらもリミッターが取り付けられており、それを解除できるラクシャータとの連絡がとれなかったため、解除に手間取っていただけにすぎない。 そちらが戦場に撃つと言うなら、こちらはナナリーのいる場所に撃ち込むだけ。 自分は撃つ側で、撃たれる側では無いと考えていたナナリーは、まさかの返答に驚き、カグヤはその反応が楽しいと言う様に顔を歪めた。 どちらのフレイヤも、この女性二人の声一つで発射される。 本来であれば、再びフレイヤが使用されるなど許されないことだが、ブリタニア人は選ばれた人種なのだと考える者たちを味方につけたナナリー、ブリタニアに対して激しい憎悪をもつ者たちを従えたカグヤ。反対する者たちを拘束し、フレイア発射の障害をこの醜い争いの間に整えていたのだ。 『黒の騎士団は、悪を成すもの全ての敵だとお忘れか?ブリタニアは我々の敵、再び醜い悪となり果てた今、自らが生み出した悪魔の兵器でその命を終わらせて差し上げましょうか』 『我が国の民を巻き込むつもりですか!』 ナナリーは戦場から遠く離れたブリタニアにいる。 そこに撃ち込むということは、国が再び消失することを意味していた。 『その民を虐殺した貴方が言う言葉ですか!』 醜い罵り合いはなおも続き、それぞれのフレイヤの引き金は彼女たちの手にある。 人の命を軽んじる為政者の手に。 世界中がその姿に恐れ慄き、新ペンドラゴンに住む者たちは避難を始めたが、すぐに交通網がマヒしてしまい到底逃げ切れるものではなかった。交通が麻痺したのはペンドラゴンだけではなく、多くの国の首都で同じ現象が起きていた。ペンドラゴンに、戦場にと口では言っているが、いつどこに落とされるか、彼女たちの気分でいくらでも変わることに皆は気づいていたのだ。特に東京はナナリーの気分ひとつで再び消失する可能性が高かった。 そんな中、気づけば多くの者たちが、戦場にいるゼロに祈りをささげていた。 その正義の刃で再び奇跡を。 悪魔の兵器フレイヤを止めてほしいと。 二人の悪女から世界を救ってほしいと。 だが、この状況にゼロもシュナイゼルも身動きが取れなかった。 この二人の意思を覆すほどのモノはルルーシュの遺体か。 だが、どちらが持っても、フレイヤは落とされるだろう。 ゼロであるスザクにこれを打開する方法など思いつかないし、科学者たちは戦略家では無いため、やはり方法など浮かばない。 ルルーシュならばこの状況を覆す策を考えたかもしれないが、シュナイゼルはルルーシュとタイプが違いすぎた。ルルーシュは0か100かの勝負でも挑むが、シュナイゼルはリスクのある勝負には参加しない。0か100かではなく40か90か、どちらに転んでも必ず利益が出る道を選び、それが無いなら手を出さない。手を出せない。そんな分の悪い賭けをする思考はない。だから今は傍観し、どちらか、あるいは両方がフレイヤを発射した後に動く事だけを考えていた。 超合衆国の代表たちもカグヤの暴走を止めようとするのだが、フレイヤのある蓬莱島にいるのはカグヤとその取り巻きで、力づくで止める事さえもう叶わない。 怒りで目が曇り、人の言葉を聞き入れず、頭に血が昇った二人は、怒りにまかせてフレイヤ発射の命令を下そうとした時、この二人の間に割って入った者がいた。 『おやめなさい!この争い、私が預かります。双方とも引きなさい!!』 その声には一切の迷いも恐れもなく、凛とした力強い言葉が辺りに響き渡った。 |